青の箱庭

シウルナキア・ネウリフェリクス


 裏手の庭に今日も水をやり、店に飾る分と、店でお茶にする分の花や葉を摘んだ。行きは水で溢れていたバケツも、帰りは植物でいっぱい。結局、鍛えてもいない女性である私の腕には、食い込むほどに重い。

 陽燈石は今日も快調。庭や店を明るく照らしながらも、汗だくにはならない、程よい陽気。けれど荷物が重いから、少しだけ手汗が気になった。

 花や葉を摘むのは、第一に香草茶に補充する分、第二に間引く分。捨てるのがもったいないので、店の机や窓にも飾っている。ポプリの材料に分けてほしいと言ってくれる知り合いもいる。分けてあげると、お返しとしてポプリのお裾分けが届くので、大事に使わせてもらっている。

 今日の気まぐれメニューは、どうしようか。確か昨日は生クリームを贅沢に使ったロールケーキで、その前の日はシュークリームだったような気がする。明るい色のものが多かったから、今日はショコラケーキとか、素敵かも?

 まあ、主役は香草茶である。私の店は個人でやっている関係で人を雇ってはおらず、軽食やスイーツを出すことはあっても、がっつりと食べられる食事までは、とても手を回せないのだ。

 海の中は、空に比べたら気温の変化に乏しいらしくて、陽燈石さえうまく調整して配置できれば様々な植物を狭い庭でも育てられるのが良いと、昔、雑誌で特集に載った。そこから趣味の一環として始めた園芸。最初は目に楽しい花々を仕入れる予定が、気がついたら香草としても有名な植物が大半を占めていた。手入れのために間引いた草花がもったいなくて香草茶にしたら、意外と美味しく、一人で嗜むのも寂しいものだと周囲にも振る舞った。そうしたら、いつの間にか、家が喫茶店になっていた。

 店舗は家を改装した地階の部分で、裏から庭に出られるようになっている。元々、私自身の目を楽しませる目的で作った庭だから、改装時に大きくした窓からの眺めも大変評判がいい。しばしば写真や絵の題材にも使われていると聞いた。本当に、嬉しい限りだ。

 などと思い巡らせている間に、台所に着いた。バケツに入れて運んできた草花を仕分けつつ、足元にすり寄る白い猫に話しかける。

「おはよう、ネイヤ」

 ミルクを用意してかがむと、ネイヤは私の胸元で揺れる茜色のお守り石に一瞬前脚を伸ばしかけた。すぐに興味を失ってそっぽを向くあたり、本当に自由気ままで、猫だなと思う。

 そう、私のお守り石は茜色で、中に入っているのは鱗。ほとんど街の外に出ることはないのだけれど、碧海箱庭の住民である以上は魚のように水中移動できる生き物に協力してもらって纏魂石を作ることが、義務付けられている。そして最初の纏魂石がそのままお守り石になる人も少なくない。私もその例に漏れることなく、母に作ってもらった茜色の纏魂石を、お守り石として大切にしている。手元にある水を飛ばす魔法には、毎日の水やりでとてもお世話になっている。

 香りの強い草花は猫にとって有害なものも多く、一般に好まれないと聞くのに、ネイヤはある日ふらりと現れて、そのまま我が家に居ついてしまった。まあ、表に出たり、出かけたりはしていても、庭で見かけることはないので、ネイヤなりにうまくやっているのだろう。

 開店時間までには、ショコラケーキも作っておきたい。いくら今が早朝とはいえ、ケーキを焼けば時間はどんどん過ぎていく。

 ケーキを焼いている間に香草茶に使う分の草花を干して、飾っていた花々を交換して、干していた香草で十分に乾燥したものをお茶に調合する。定番のブレンドも補充が必要だし、たまに新しいブレンドに挑戦することもある。味や香り、色合いを確かめながらお茶を作って試飲する、このひとときは、とても充実していて、あっという間だ。

 そうこうしている間に、ミャーゴと猫の鳴く声がした。お客さまが来ると鳴いて知らせてくれる白猫のネイヤは、看板猫として一部で大人気である。

「いらっしゃいませ」

 穏やかさを心がけて微笑めば、私よりも少し年下だろう女性客二人組が、おずおずと笑い返してくれた。おそらくこの店には初めて来るのだろう。常連のお客さまであれば私も顔を覚えているし、何よりもっと堂々と振る舞う方が多い。

「空いているお席へどうぞ。私のオススメは、一番奥の、窓際ですね」

 メニューを手に向かうと、二人はオススメ通り、窓際の席に座り、庭に感嘆の吐息を漏らしていた。自然と、私の笑みが深くなる。

「本日の気まぐれメニューはショコラケーキとなっております。ご注文がお決まり次第、お呼びくださいね」