青の箱庭

サウダリオルネ・ウィリトリアム


 ふわり、ゆらり、窓の向こうに揺らぐ青に誘われた気がした。もう仕事の手も止まってしまったし、いっそのこと、飛び出してしまおうか。

 ここ、碧海箱庭ダウルアリナから出て遊泳できる時間は限られるだけに、とても貴重だ。別に法的に規制されてはいないのだけれど、以前よりもずっと、出かけるときには気をつかっている。

 理由は明白で、少し前、ダウルアリナで行われた第一級加工師の試験に、無事に合格したからである。最年少での合格だったそうで、合格前からもファンは多くいたけれど、話題にもなったし新聞記事にも載った。加工師といえば、魔鉱石を魔石に加工する技術を保証する資格。看板にするにはこの上ない資格であるが、第一級ともなれば保有者は少ない。貴重な資格保有者の保護のために警備隊が普通についてくると言えば、私が気をつかわないといけないのもお分かりいただけるだろうか。

 普段であれば、私は曲者揃いと言われる加工師の中では比較的大人しく、理知的な方に分類されると自負している。周りにチヤホヤされるのも嫌いではないし、どうせ人目を引くのであればとことんまで突き詰めようと考えたこともあって、自分の外見や振る舞いにも大変気をつかってきた。少々趣味に走った設定に沿って作り込んだ美青年の外見と爽やかさを心がけた演技のおかげで、ファンは増えたし、今のように多少羽目を外して見つかっても、日頃の行いに免じて見逃してもらうこともできている。それは、非常にありがたいことだ。

 しかしそんな私であっても、たまには気晴らしがしたくなる。常に人目を気にして行動していると、さすがに息が詰まる。どうせ世間に知られている姿は、紫のヒレと翠の鱗をまとった金髪美青年のそれである。となれば、私服の警備員だけを連れて、普段とは違う姿で出かければ、私を第一級加工師、サウダリオルネだと認識する人はほとんどいなくなるのだ。

 目元に唇とお揃いの鮮やかな紅い色をさす。いつもならきっちりとまとめてウィッグの中に仕舞い込む長い黒髪は、今はゆるく結えるに留め、流れるままに遊ばせた。まるで白真珠のようだとほめられる肌に、紅と黒はよく映える。着替えも済ませ、鏡を確認して出来栄えに満足したので、私は真っ赤な纏魂石を取り出し、そっと唇を寄せた。

「今日は君の出番だ」

 一般的に、纏魂石は無色透明の状態に加工される。中に契約したモノの一部を封じた段階で、ほんのりとその色に染まるのが普通の纏魂石。だから、私、サウダリオルネが普段持つ纏魂石は、まとっている鱗の色を反映した翠色。世間から見た私の姿は金髪紫眼の爽やか系美青年で、若い女性が頬を染めるようなものだ。では、真っ赤な纏魂石を持つ、今の私は?

 家の裏口から、路地裏を抜けて外へと歩む。足元で紅のドレスがひるがえる。大通りには向かわず、水路の奏でるせせらぎを聴きながら直接外洋に繋がる門へ。門を守っていた若い男性の警備員は、私を見て耳まで真っ赤になり、手にしていた銛を取り落とした。

 思い通りの反応に、思わず口角が上がったのを感じる。

「今日もお勤めありがとうございます」

「あ、貴女こそ、お気をつけて」

 背後で私服の警備員が門番を叱責しているのを聞きつつ、私は青の世界に飛び込んだ。

 

 ひらり、赤色が光り輝くような鮮やかさで旋回する。

「ええっ、別人じゃないですか⁉︎ 詐欺でしょ!」

 あまりにも鼻の下を伸ばす門番担当の後輩が無様だったので、彼女の正体を聞かせてやった。結果として、悲鳴を上げているが、それは俺の知ったことではない。確かに、見た目は全くの別人だが、彼女は紛れもなく俺の警備隊の護衛対象。第一級加工師サウダリオルネ・ウィリトリアム、その人なのだ。

 奇人変人が大多数を占める加工師の中で彼女も例外ではなく、変装を趣味の一部としている節がある。普段の姿も作り物で、一見爽やかな男装の麗人に熱を上げる娘には、同情するしかない。それは偽りの姿だぞ、と。

 真の姿に近いのはむしろ今の黒髪美人の方だが、それですら、おそらく体型などを相当ごまかしていると思われる。具体的には、胸の部分。普段は、青年の姿で違和感がないほどぺったんこなのに、今は存在感しかない。

 とは言うものの、彼女は加工師の中では良心的な方で、我々警備隊を振り払うこともせず、振る舞いにも大変気をつかってくれている。たとえ、それが彼女の自己顕示欲を満たすための行動だったとしても、結果的には全員が満足しているのだから問題はない。他の加工師はこんなものでおさまらず、周りが大層振り回されることになる。それはこのダウルアリナに限らず、他の碧海箱庭でも同様だとのことだ。