絡繰異聞・本編

55『エピローグ』そして新たな日常へ


 龍神警備会社に、新入社員が入った。

 それ自体は、別に珍しいことではない。社長に拾われ、その人柄に惚れ込んで中途半端な時期に入社希望する人はこれまでにもいたし、そういう人材ほど何故か尖った方面に優秀なことが多いため、また社長が誰か拾ったのかと社員たちは笑っていた。しかし、実際に張り出された辞令を見た瞬間、社員たちは一様に真顔になり、顔を見合わせた。

 件の新入女性社員に苗字はなかった。貧民街出身で親の顔も知らずに育てば、有り得なくもない。

 だが辞令に添えられている顔写真はとある有名な旧家の御曹司を彷彿とさせるもので、なおかつ御曹司よりも美しかった。その顔で、よくぞ今まで誰にも目を付けられずに無事だったなと言いたいレベルである。

 挙げ句に経歴もおかしい。表向きにはハンドメイド作家、アンジェ。何故、警備会社にハンドメイド作家、と思いながら社外秘の項目まで確認すれば、絡繰師所属のハッカーなどと都市伝説の名前が書かれている。しかも注意書きには、脊髄反射で周囲のプログラムを乗っ取ることあり取り扱いには十分注意されたし、と、わざわざ強調されている。

 将来的な所属は情報部となる見込みだが、先ずは研修のために各部署を回る予定のようだ。常識に疎い面もあり、一般事項についても説明が必要となるかもしれないとのこと。

「どうして入社したんだい?」

 最初の研修先にやってきた奏音は、おずおずと答えた。

「社長に恩を少しでも返せたら、と思ったのです。そうしたら、タダ働きはさせられないとか何とかで、何故か入社していました」

 ああ、如何にも社長の言いそうなことだ、と社員たちは納得する。

「お給金をいただけるのは確かに有り難いんですけど、ただでさえ身内がお世話になりっぱなしなので、非常に申し訳ないのです」

 奏音の言う身内とは主に詩音のことであるが、絡繰師の首に鈴を付ける気満々の耀夜により、奏音も取り込まれた形だ。奏音がその能力を使えば後ろ暗い企業の後ろ暗い裏帳簿からお金を引き落とすくらいは朝飯前で、実際奏音が加入してからの絡繰師はそうやって活動資金を得てきたわけだが、やはり正当な手段で手に入れるお金には思うところがあるのだろう。

「まあ、その分しっかり働いて返せば良いんじゃないか?」

「そ、そうですかね?」

 見た目は美少女である奏音がはにかむ様子はとてもいじらしく、場をほっこりとした空気が満たす。その様子を遠くから見ていた耀夜が、満足げに頷いて社長室に戻っていった。