絡繰異聞・前日譚

堕天使05『幸崎天音と自分』


 連行されてから、結構な日月が過ぎてしまった。詩音の無事は、知れない。

 あまりにも自分が詩音のことを考えすぎるので、天音にぃが休日に家まで付き添ってくれたことがある。結果、家は盛大に荒らされており、詩音も行方不明になっていた。

 せめてカケルにぃに話を聞きたかったけれど、カケルにぃはあのスラムの住民ではないし、休日に彼の職場に押しかけてもという気持ちもあったため、彼の元へは行かなかった。

 自分が受けたショックも大概だったと思うが、天音にぃも見た目にわかるくらい、ショックを受けた様子なのが意外だった。天音にぃ……幸崎博士は、周りからはマッドサイエンティストと呼ばれており、正直、部下や部品のあれこれに心を動かすような人ではないと言われていたから。

 幸崎博士として振る舞っているときの彼は、とても冷淡で容赦がない。しかも、気まぐれで指示を変えるところもあり、部下泣かせな存在である。

 ただ、最近、思う。天音にぃとしての彼は、もっと親切で、でも寂しそうで、それを表に出さないように頑張っていて、きっと彼にも何かの事情があるのだろうと。

 そんな目で幸崎天音を見ているのは、自分だけなのかもしれない。幸崎博士としての彼も、天音にぃとしての彼も、どちらとも接しているのは自分だけだ。天音にぃと接している人間は、もはや自分しかいない可能性も高い。

 そう考えると、天音にぃの存在がとても儚くて、もっと天音にぃを理解しようと思うようになった。天音にぃのことを考えながら幸崎博士のことを見ていたら、なんだかもっと可哀想になってきた。

 だって、これって、大きな子供だ。

 寂しくて、甘えたくて、誰かに構って欲しくて、でも周りは腫れものを扱うようにしか接してくれず、とことんまで関係をこじらせている。

 幸崎天音がニンマリと笑うときは、何か負の感情を隠すときだ。だから、ニンマリされると背筋が寒くなったんだろう。ニコニコと笑うときは、本当に嬉しいとき。だけどこっちは滅多に見れない。

 幸崎天音は何かを狂おしく求めている。だから幸崎博士はあんなに苛烈な人だと周りに思われる。その狂気的に求められている何かが、本当はもっと単純なモノなのではないかと考える自分は、おかしいだろうか。天音にぃに寄り添う自分では、その何かになれないのだろうか。

 詩音のいない自分には、実験が終わったところで帰る場所もない。天音にぃが求めてくれるなら、それは自分にとっても有り難いことだ。