短編集

花明かり綺譚


 ふと気付くと辺りは薄闇に包まれており、はて自分はいつの間に転た寝をしてしまったのだろうと、首を傾げた。というか、それ以前に、ここは何処だ。
 足下にひたひたと、冷たさを感じる。遠くにぼんやりと、真朱の灯りが幾つも上下しているのが見えた。水面に揺れるその色を見ていると、誘い込まれそうな危うさを感じる。
 一歩踏み出しかけたその時、後ろから少しだけ引っ張られるような感じがあった。
 振り返っても人影はなく、ただ蒼い闇が広がっている。思わず仰いだ夜空は普段の紺青ほど涼しげでもなく、ほんのりと薄紅に色付いていた。
 ひらり、夜空の欠片が落ちてくる。掌に受け止めたその形には、見覚えがあった。
 花びら、だ。
 よくできましたとばかりに風がさざめいて、花吹雪が視界を奪った。その隙間にちらりと見えた面影。
 忘れられずに、今年も川辺に夜桜を求めている。現世と幻世の狭間は、今宵も見つかりそうになかった。